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結論

iPadは研究環境のペーパーレス化を部分実現する

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生態学者の目線からiPad(第3世代)をレビュー

凄く今更感があるが、iPadを入手してから1年経ったので、その使い勝手や研究生活にもたらされた変化をまとめておく。使用しているのは第3世代(Retina Display化された最初のモデル、容量32 GB)である。

購入時の想定用途

  • 論文(PDF)を読む
  • 実験時のデータ入力に使う

iPadが実際に「使える」状況とは

ジャーナルPDFの閲覧

この用途については、想定以上の使い勝手の良さを実感している。9.7インチ、アスペクト比3:4のRetina Displayは、電子ジャーナルのPDFを1ページ丸ごと表示でき、液晶画面のぎこちなさを感じさせない高解像度を誇る。事実、筆者は(元々書き込みをする習慣がないのもあるが)自分で読むために論文を印刷することがほぼ無くなった。この用途だけでも、iPadないし類似の超高解像度タブレット端末を購入する価値はあると言えよう。

実際の使用方法としては、研究室のwi-fiネットワークで母艦PCと接続し、Dropboxフォルダに読みたいPDFを放り込んで同期させている。もちろん容量は限られているので、自分や同僚の論文、過去の学会発表で使用したスライドやポスターのPDF版だけを永久保存用としてお気に入りに入れておき、他は読み終わったら適宜消している。

論文執筆時の補助ビューワとして

論文の原稿を作成する際に、執筆作業そのものはPC上のMicrosoft Word等のワープロソフトで進めることになる(実際はもっとややこしい話であるが、ここではそう述べておく)。その最終段階として、本文中に出てくる引用文献が、末尾のReferenceリストに漏らさず掲載されているかを検証する。従来は紙に印刷して、PC上のReferenceと見比べながらチェックを入れていたが、原稿を改訂する度に印刷し直す必要があり、紙の無駄であった。

そこで、原稿をPDFに出力したものをDropbox経由でiPadに送り、iPad上で読み進めながらPC上のReferenceリストにチェックを入れるよう変更した。なお上に述べたようにストレスを全く感じさせない高解像度であり、その他体裁のチェック(例:学名のイタリック表記)においても使い勝手は良い。

ネット閲覧端末として

携帯電話の即応性と、PCに準じる広々とした画面を併せ持つ。やれ時刻表だの、天気予報だの、わざわざパソコンを立ち上げる一手間が惜しいときのブラウジングに最適である。

メモ帳代わりとして

ソフトウェアキーボードの出来には不満もあるが(後述)、携帯電話に比べれば圧倒的に文字入力は高速である。ちなみにテキストを保存・再利用するには、iPadのメールソフトを立ち上げてメモを本文欄に入力し、メールとしてPCに送信する方法が簡便だ。

電子辞書として

電子辞書専用の端末と比較して、グラフィックスは圧倒的に美麗である。記憶容量が許せば独自に辞書ファイルをインストールすることもでき、筆者は Wikipedia日本語版をダウンロードして入れている。

BGM再生機として

iPadは大型のiPodみたいなものであるから(まあiPodは持ってないけど)、もちろん音楽再生にも十分な性能を持っている。後述するように、音だけを再生する場合のバッテリー消費は小さいため、一人寂しくダニを数える夜などには、BGMを掛け流すのに最適だ。

学会参加時の情報保持

具体的には以下の用途である。

  1. 現地までの時刻表、路線図、地図
  2. SafariやGoogle mapで出発前に調べ、必要な箇所のスクリーンショットを保存しておく。

  3. ホテル周辺の地図
  4. これもGoogle mapでスクリーンショットを撮っておく。もちろん不測の事態に備えて、予約時にホテルから送信されたメールは紙に印刷して持っておくべきだが、それ以外の用途で、従来印刷が必要だった宿関連情報はことごとくiPadで代替可能だ。なお、周辺の飲食店やコンビニの位置をストリートビューで調べることもできる。

  5. 学会プログラム、会場見取り図
  6. 最近はプログラムをPDF形式でネット配布している学会が多いので、容易に入手可能である。ちなみに生態学会の講演要旨のように、講演ごとに別個のHTMLファイルとして公開される(=全体では数百個のファイルに)場合もある。これをiPadに入れてオフラインで閲覧するには手数が必要で、需要があれば別途説明したい。

  7. プレゼンテーション
  8. 口頭発表のPPTファイル(のPDFコピー)、ポスターの画像データ、Appendix、実験材料の画像やムービーデータなど、使えそうなものを放り込んでおく。これにより、往きの車中で発表練習をする、ポスターを覗きに来た人に視聴覚資料を示す、発表を聞き逃した人のために臨時でレクチャーする等、フォローできる範囲はきわめて広い。

  9. 集会資料
  10. 集会のハンドアウトやプログラムのサンプルコードをネット配布している場合もある。参加予定があればiPadに突っ込んでおく。

  11. 学会会場でのネット閲覧
  12. 国内の生物系学会では未だ、フリーのwi-fi接続を提供している例は少ないが、国際学会では常識化しつつある。2011年の札幌での生態学会参加時には、会期中に東日本大震災が発生した。そのときは情報源がワンセグしか無かったため、色々苦労した。やはりニュースは複数のルートで手に入るようにしておきたい。変わった使い方としては面白い発表を聞いたとき、発表者のサイトや過去の論文をその場で閲覧し、後で本人に話しかけるためのネタを仕入れるというのもある。

  13. 観光・飲み屋情報
  14. 音声メモ
  15. Soundnoteというアプリを使っている。最近は自分の学会発表や、出発前の発表練習を録音しておき、喋りの癖を検証することが多い。音質はそれなりだが、声を拾う用途なら内蔵マイクで十分である。

気になるのがバッテリーの保ち具合だ。個人的な実感としては、フル充電の状態で出掛けて、2日目の夜までならほぼ安心といったところ。ただしこれは、動画などを見なければ、の場合である。詳細は下で説明する。

電力消費について

乱暴な理解としては、iPadの電池の消耗スピードは描画処理の激しさに比例する。たとえば動的なサイトや、Youtube動画などを閲覧するとバッテリー残量はゴリゴリ削られてゆく。一方、テキスト主体のウェブサイトや論文の閲覧、イヤホンでの音楽再生に限れば、驚くほど長時間の使用に耐える。

iPadが「苦手とする」用途とは

とまあここまでiPadマンセー状態の当記事であるが、もちろん使ってみて分かった問題も多々ある。

iOSのコンセプトがもたらす問題点

  • ソフトウェアキーボードの設計
  • 世間一般のキーボードと異なる点として、iPadのソフトウェアキーボードは4段しかない。省かれている段とは数字のキーであり、数字を打ちたければその都度、下部の切り替えボタンを押してアルファベット→数字の入力モード変更を行う必要がある。科学系の文章執筆において、この点は入力速度の致命的な低下を招く。Apple社には改善を切に要望する。

    今ひとつの大きな問題は、カーソル移動に割り当てられたキーが存在しない点である。タッチパネルなのだから直接選択すればええじゃないかと思いきや、文字入力時の手のポジションから、文書上で該当場所をタッチするときのポジションへの移動には一手間かかる。しかも、指で正確にタッチするためにはそれなりの表示倍率を要し、文章の全体を見渡すのに適した表示サイズとの乖離が生じる(つまり超高解像度ディスプレイの利点を生かしきれていない)。というわけで、タブレット端末における文字入力メソッドには、まだまだ改良の余地があるようだ。

  • 水道のないマンション
  • 「トイレのないマンション」とは原子力発電所を指すが、同様の問題がiOSデバイスにも見られる。PC間でデータを受け渡すにはUSBメモリを使うのが楽だが、iPadにはこの手の簡便なインターフェースが存在しない。だからiTunesで紐付けだの、クラウドで同期だの、メールで添付だのと、実に単純なファイルの移動にも迂回策を講じる必要が生じる。これは喩えるならば、立派なマンションなのに水道が通っておらず、水が欲しければミネラルウォーターを買ってエレベータで階上まで運べ、という状況である。ちなみにトイレはおまるです。

本格的な文書作成は可能か?

ワープロソフトを導入することは可能だが、ゼロからの本格的な文章書きには不向き。理由の1つは上に述べた、ソフトウェアキーボードのかったるさである。筆者はPagesを購入して使っているものの、やはりストレスフリーとは行かない。

もう1つは、PCで作成した文書のコピーをiPadへ送るのに比べて、iPadで作成したファイルをPCへ送る方法が面倒であり、なおかつユーザーにおける明示的なディレクトリ管理が許されていない(つまりWindowsのエクスプローラーやMacOS XのFinderに相当する機能が無い)ため、文書のバックアップや差分を作りにくい。これでは推敲などできよう筈もなく、何処まで行っても「でっかいメモ帳」でしかないのだ。

データ入力に使えるか?

同じくソフトウェアキーボードの不備により、数字とアルファベットが混在するデータの入力には向かない。おそらくタッチパネルから項目を選択する、程度の入力用途ならば高速に処理できるが、その場合でも「入力フォームを自前で開発する」必要があるだろう。従って、大規模かつ永続的に使用する業務用システム(注文入力やPOSを想像すればよい)はともかく、生態学分野での小規模な実験・観察には使い辛い。

バッテリーについては1日程度なら十分に持つものの、結局手間と安全性を同時に考慮すると、生データは紙に記入して、後日使い慣れたPCで入力するほうが確実だ。

統計解析は可能か?

幾つかの理由でお薦めしない。1つはデータの入力効率に不安がある(上記)、2つ目にはデータの移動・再利用が難しい、3つ目には強力な統計ソフトが提供されておらず(電卓アプリなら山のようにあるが)、iOSに移植される見込みも薄い。可能性があるのはHTML + Javascriptによる実装だが、これまた計算処理に無駄な電力を喰うことが容易に予想される。

現時点では評価し辛い用途

生態学・自然教育分野での学習に使えるか?

データビューワとしての潜在能力を考慮すれば見込みは高い。しかし現時点では教材が未整備。生態学の教科書や専門書に関しては、版元の経営規模からして電子書籍が一朝一夕に出揃うとは考えにくい。また図鑑や写真集、それに類するデータベースがiPadで使えるようになれば便利だとは思うが、その能力を野外活動で生かすにはオフラインでの閲覧が不可欠である。現状のiOSのエコシステムや、それに立脚したサービス構築において、「オンラインでなければ何もできない」状況からの脱却は始まったばかりだが、今後の技術進展、とりわけHTML5関連には大いに期待している。